オン座六句「水うてや」の巻 & 留書


《オン座にゆーす》

  Ⅰ. 無心・連句 → 祝・オン座六句「未来」の巻

  Ⅱ. 7月7日・公開講座 → 芭蕉・蕪村・一茶の流れ

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象連句会
オン座六句「水うてや」の巻          衆議判

第一連
夏  水うてや蝉も雀もぬるる程       其角
夏   畑のすみに潤ふ玉葱         悠斗
   積まれたる本に一冊また積んで      練
    ファンシーショップの鞄みつめる   有希
秋月 妹のスマートフォンに映る月      穂佳
秋   電信柱きしむ晩秋          早那

第二連
   菱形を赤い毛糸で作りたる        仝
♡   君に指輪のサイズを訊いて       練
♡  態度だけ大きいところさへ長所     悠斗
    北朝鮮も飛ばすミサイル        練
冬氷 軒下に隠れるやうに氷柱立ち      早那
冬   炬燵に顔をしまひ忘れる       穂佳

第三連/自由律
   腫れた扁桃腺をつついてゐる子ども   幸来
R   やがてデヴィッドボウイ       悠斗
R  前前前世からずつと探し続けてる    幸来
♡   ハートの絵馬並び          有希
♡  初デートの人たちでにぎはふサイゼリヤ  練
    湯にしづめる卵           有希

第四連
石  笠のない石灯籠を叩きける       幸来
新年  つひに父には賀状届かず       早那
新年 伊勢海老のぢつとしてゐる冷凍庫    栞撫
    両手で持つて飲む白ワイン      穂佳
❁  雨粒にふれてあふげば花のふる     悠斗
春   枸杞茶を淹れる白き細腕       早那


           二〇一七年七月十四日   起首 於 江古田同心房
                  仝年七月三十一日 満尾 於 江古田 Escape

 
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  オン座六句「水打てや」の巻留書・付合考           二三川 練

 象短歌会が拠点を置く日本大学芸術学部の文芸学科には、「文芸創作実習Ⅰ」という授業がある。内容は俳人・連句人の浅沼璞先生の考案した「オン座六句」という形式にもとづいて連句を巻くというものだ。在学している象会員の多くはこの授業の単位取得者である。執筆者もこの授業を二年時で履修し、また卒業生が中心となって定期的に先生と共に連句会・句会を行う「俳諧無心」にも所属している。
 連句は楽しい。後述する文脈の変遷や句ごとの縛り、他人の言葉からイメージを引用して自分の句を考えるなど、連句でしか味わえない快感がある。そこで、連句の面白さを普及しゆくゆくは好きなときに好きな人が集まって連句を巻けるように、象短歌会で連句を巻きそれを解説と共に機関誌に載せようと提案した。
 声をかけて集まった連衆は篠尾早那、羽生田幸来、栞撫、櫛田有希、本田悠斗、武田穂佳(以下名のみ記す)の六人。今回は初挑戦ということもあり文芸創作実習Ⅰの経験者のみに限ったが、次回からは未経験者も加えて興行しようと思う。
 さて、そこで完成したのが前ページの連句「水打てや」の巻である。ここでは浅沼璞『俳句・連句REMIX』(東京四季出版 2016年)を参考に連句のルールなどを解説すると共に、この作品を鑑賞していこうと思う。誌面の都合上、用語の全てを深くは解説できないことを予め断っておく。
 まず、連句は長句(五七五)の発句から始まり短句(七七)の脇句、長句の第三と続く。その後は短句・長句・短句……と平句が続き、短句の挙句をもって終了とする。「オン座六句」は六句を一連とし、三連以上を理想としている。発句には切れ字(切れ)が必要だが第三以降は切れを持たず、長句→短句の改行が切れの役割を果たす。俳句はこの発句に正岡子規が価値を見出し、独立したものである。執筆者が経験した連句会では、句会の最得票句や著作権が切れている俳人の句を発句として連句を開始する。今回は連衆がそれぞれ著作権の切れた句を持ち寄り、投票により悠斗さんが提出した宝井其角の「水うてや蝉も雀もぬるる程」に決定した。また、この後からは各々が好きなだけ出句し、連衆の相談や投票により付句を決める「衆議判」という形式を採用している(票が同数になるなどの場合は発起人である執筆者が決定した)。
 かくして第一回象連句会は開催された。この日は栞撫さんが欠席し六人で、江古田の中華料理屋「同心房」にて行われた。ここからは二句の付合ごとに解説をしていく。

  水うてや蝉も雀もぬるる程       其角
   畑のすみに潤ふ玉葱         悠斗

 発句と脇句は相互に挨拶性を持たせるため、同季・同場所の付合が望まれる。今回はどちらも夏で外の空間である。蝉も雀も濡れるほどに水打ちをし、その水が畑にまで届いたという景である。
 ここで「表ぶり」と次から重要になってくる「打越(打ち越す)」について解説しよう。

 ②第一連は基本的に歌仙の表ぶりに則る(短句の四三調も第一連のみタブー)

 「オン座六句」の六ヶ条の一つである。「歌仙」とは「三十六歌仙」に由来する連句のポピュラーな形式で、三十六句で巻きおさめる。「表ぶり」は宗教・恋愛・述懐・病死・闘争・固有名詞などを詠んではいけないというルールだ。連句は第一連を「序」、第二連と第三連を「破」、第四連を「急」と捉え、「序」は緩やかで安定した導入とする。自由で起伏にとんだ展開部の「破」となる第二連からは、逆にこれらの題材を積極的に詠むこととなる。また、「オン座六句」の第一連では七七の下句が二・五または四・三になることを避ける。これは四三調の忌避が王朝和歌から連歌へ、連歌から俳諧(連句)へと制度化されてきたことを踏まえてのものだ。ただし、斎藤茂吉の「短歌に於ける四三調の結句」(一九〇九年)の「結句は必ず三四なれ、四三なれといふが如き説は余これをとらず」という宣言を踏まえ、四三調を活かすため「破」からは二・五も四・三も解禁される。
 さて、連句の任意の句に対し、その前々句を「打越」と呼ぶ。つまり第三にとっての発句は打越であり、四句目にとっては脇句が打越である。

 発句=打越
 脇句=前句→打越
 第三=付句→前句
       付句

 右のように連句が進行するのだが、ここで打越と前句による二句一章(二句が形成する文脈)が前句と付句による二句一章に変化するのを「三句の転じ」または「三句離れ」という。このとき、前後の二句一章が同趣向のものを「観音開き」または「打ち越す」と言って嫌う。実際に見てみよう。

   畑のすみに潤ふ玉葱         悠斗
  積まれたる本に一冊また積んで      練

 第三の打越は「水うてや蝉も雀もぬるる程」であるため、ここでは打ち越すのを避け体現止め以外と雑(無季)の句とする。また「水うて」と人が登場しており、このような句を人情句と呼ぶ。人情句は主体が動作を行う「自」と他者が行う「他」、主体と他者が両方登場する「自他半」とに分かれる。また、句に人間が登場しない場合は「場」と呼ぶ。今回は「水うて」を命令形と捉え、自他半を避けて場の句を提出している。また、「本を積む」という動作により「畑のすみ」から部屋のすみへ視点が移っている。脇句のように句意で付けるやり方を「意味付け」と呼ぶのに対し、この付句のように余韻・余情で付けるやり方を「匂付け」と呼ぶ。一度三句を並べてみよう。

 水うてや蝉も雀もぬるる程       其角
   畑のすみに潤ふ玉葱         悠斗
  積まれたる本に一冊また積んで      練

 打越の動的なイメージから静的なイメージへと転じている。前句の「畑のすみ」も打越と並べたときと付句と並べたときとで印象が違うのがわかるだろう。連句はこのように文脈を変化させながら進行する文芸である。

  積まれたる本に一冊また積んで      練
   ファンシーショップの鞄みつめる   有希

 本をたくさん買ってしまうがゆえに鞄を買うことができないと、そのような景が見える。あるいは、鞄に夢中で本が頭に入らないと取ることもできる。このように、前句と付句の動作主が同一人物になる付け方を「其人(そのひと)」の付けと言う。この用語は前句の提出者と同じ人が付句することだと間違われがちだが、そうではないので注意。

   ファンシーショップの鞄みつめる   有希
 妹のスマートフォンに映る月      穂佳

 「月花の定座」は月や花に対する伝統的な美意識によって定められたものだ。歌仙では「二花三月」といって花が二ヶ所、月が三ヶ所詠まれる。「オン座六句」では第一連に月の座を、最終連に花の座を一句ずつ設けている。月は秋の季語であるため、発句が秋から始まる場合は発句か脇句に月を詠みこむことになる。
 この付合は、鞄を見つめる「私」とは対照的に月を撮影している妹の景だ。「ファンシーショップの鞄」という現代的でポップな美に惹かれる「私」と、月という伝統的な美に惹かれる妹が対比される。しかしその伝統的な美をスマートフォンに収める妹もまた現代の住民であるというところが面白い。

 妹のスマートフォンに映る月      穂佳
   電信柱がきしむ晩秋         早那

 「オン座六句」の六ヶ条の⑤に「常に三句目の変化を狙うため、同じ題材を三句続けない(同季や恋も同じ)」とある。逆に言えば二句までは同じ題材を続けてもよいため、有季の句や恋句などたいてい二句続けて三句目で転じる。ちなみに、一度途切れた題材を再び扱うために何句隔てるかを「去嫌(さりきらい)」と呼ぶ。「オン座六句」では同じ題材は一~二句続け、再び扱うには三句は隔てないといけない(三句去)。これを「ワンツースリー・ルール」と呼ぶ。
 つまり月の座で秋が出たためその付句にも秋の季語を入れる。その次からは雑の句となる(雑を挟まずに別の季に移る「季移り」もある)。今回は見ての通り「晩秋」が季語となる。スマートフォンに収められた美しい月と、晩秋の寒さのなかできしんでいるかのような電信柱が対比される。あるいは、その月の写真に電信柱が写りこんだのかもしれない。「ファンシーショップ」という室内から再び室外に移動している。

   電信柱がきしむ晩秋         早那
  菱形を赤い毛糸で作りたる        仝

 さて、ここから第二連となり「表ぶり」や短句下七の四・三忌避から解放される。なお、連をまたいでも「二句一章」という単位は変わらない。
 「破」での恋句は重要で、芭蕉も恋の座がなければその一巻を端物として認めなかったようだ。今回の付句は恋の呼び出しであり、恋句そのものではないが次に恋の句を付けやすくしている。早那さんの元の句は「菱形を赤い毛糸で作り合ふ」だったが、これだと恋句として読めるため一人で作っている景に変えてもらった。このように、提出された句を直して付句とすることはよくある。
 電信柱がきしむような晩秋に、一人であやとりをしているという景だ。編み物で菱形の何かを作っているとも捉えられる。外の寂しさから内の寂しさへと流れていく付句だ。ちなみにあやとりも編み物も冬だが、この句では明言を避けて雑としている。このように一句の中心になるべき語をあえて省略する手法を「抜け」と言う。

  菱形を赤い毛糸で作りたる        仝
   君に指輪のサイズを訊いて       練

 ここで恋の座に突入である。この句は元々「君の手首に手錠をかけて」だったが、あまり恋らしくないという意見がありこのように直した。前句は自他半であるため、編み物をしている「君」に指輪のサイズを訊いたとも考えられるし、「君」にサイズを訊いてから何かを「私」が編もうとしているとも考えられる。このとき、後者のように前句と付句の因果関係が逆になる付け方を「逆付け」と言う。

   君に指輪のサイズを訊いて       練
 態度だけ大きいところさへ長所     悠斗

 恋の座は二句続ける。指輪のサイズを訊いたら態度の大きい返事をされた、というよりも指輪のサイズを訊いた人物の態度が大きい、と前句と付句で主体と客体が入れ替わっていると考えた方が面白いだろう。打越と合わせて読んだときに指輪のサイズを訊く人物像が大きく変わるわけだ。
 ちなみに恋の座は後でもう一度設けるが、去嫌を経たとしても似た様子の恋にはしない。印象の強い句は何句隔てても「遠輪廻」といって打ち越すのを嫌うのだ。

  態度だけ大きいところさへ長所     悠斗
   北朝鮮も飛ばすミサイル        練

 さて、「ワンツースリー・ルール」により三句目では必ず転じなければならない。恋の二句から転じることを「恋離れ」というが、これは失恋などを詠むということではなく恋そのものから離れるということだ。今回は「北朝鮮」という地名が出たがこれも「破」であるため解禁されている。また、北朝鮮がミサイルを飛ばすというニュースがちょうどこの時期流れており、このような句を「時事句」と呼ぶ。三句で見た際に「態度だけ大きい」の持つ意味が変わり、恋からしっかりと転じているのがわかるだろう。

   北朝鮮も飛ばすミサイル        練
  軒下に隠れるやうに氷柱立ち      早那

 「オン座六句」六ヶ条の④に「月・花・恋に加え、『六句』の洒落として氷・岩(石)・ロックミュージックを任意詠みこむ」とある。今回は氷の座で、夏と秋は終わっており春は最終連の花の座で行うため雑か冬の氷となる。とはいえ、今回は新年の句も行うつもりだったためここで冬氷にしてもらった。氷柱がミサイルに怯えているような景である。四句前の「菱形を赤い毛糸で作りたる」は冬の抜けだったが、三句去で打越と見なさないこととした。

 軒下に隠れるやうに氷柱立ち      早那
   炬燵に顔をしまひ忘れる       穂佳

 冬の句が続く。これまで身体表現は出ていなかったため「顔」のあるこの句を採用した。軒下に隠れている氷柱に対し、「私」は炬燵に顔をしまい忘れている。このような対句的な付け方を「対(つい)付け」という。
 さて、第二連まで巻き終わったところでこの日の連句会は終了した。およそ四時間ほどかかった覚えがあるが、それでもかなりスピーディだ。この日に句が採用されなかった幸来さんと欠席した栞撫さんには、第三連一句目を宿題としてグループLINEに投稿しておいてもらった。
 二回目の集合は江古田のカフェ「Escape」にて。栞撫さんも無事出席し、全員で満尾(巻き終わること)を迎えた。

   炬燵に顔をしまひ忘れる       穂佳
  腫れた扁桃腺をつついてゐる子ども   幸来

「オン座六句」六ヶ条の③には「途中、自由律の連を任意に定め、長律句(二十音前後)と短律句(十音前後)を交互に付け合う」とある。たいていは第三連に自由律の連を定め、今回もその例に則った。このルールについて、『俳句・連句REMIX』には次のように書かれている。

 これは当初「定型を壊したいのか」なんて言われ、誤解を受けました。そうではなく、一巻のスタイルとして、はじめに五七五と七七の長句・短句の定型の連があって、次に自由律の連があり、さらにまた定型の連に戻るわけです。これはやってみると韻律的な快感があるんですね。(中略)それは定型感が一度壊れて、あとでまた定型感を立て直すというところに面白さがあるようです。
(「破 現代的連句鑑賞 一、学生とのオン座六句」)

 では見ていこう。今回は長律であり、「腫れた扁桃腺」と病体が出てきている。炬燵で寝たために風邪を引いてしまったという景だろう。これも其人の付けである。

  腫れた扁桃腺をつついてゐる子ども   幸来
   やがてデヴィッドボウイ       悠斗

 さて、個人的に「オン座六句」で最も難しいのがロックの座である(ロックミュージックに詳しくないため)。この座はその名の通りロックミュージックに関連する語を詠みこむ。今回はデヴィッドボウイ。喉を痛めていた子どもがデヴィッドボウイになった、ということだ。其人の付けが連続するが、内容はきちんと転じている。

   やがてデヴィッドボウイ       悠斗
  前前前世からずつと探し続けてる    幸来

 執筆者が連句の実習を受けていた際はロックの座は一句しか設けられなかった。しかし、後に「ワンツースリー・ルール」からするとロックを二句続けてもいいのではないかという質問を受け、二句設けることになったようだ。「前前前世」は昨年流行した映画『君の名は。』の主題歌で、RADWIMPSの楽曲である。字義通りに解するとデヴィッドボウイのCDをずっと探しているということになるだろうか。この句も、次の二回目の恋の座を導く呼び出しの句である。

  前前前世からずつと探し続けてる    幸来
   ハートの絵馬並び          有希

 二回目の恋の座である。「絵馬」という宗教用語が「前前前世」と呼応しているのがわかる。「来世でも一緒になれますように」という文言ならあるだろうが、前前前世から想い人を探しているというのはなかなか狂気じみた片想いである。前の恋の座とは雰囲気の違う恋を描けていると言えるだろう。ちなみにこの付句は人が登場しない場の恋である。

   ハートの絵馬並び          有希
  初デートの人たちでにぎはふサイゼリヤ  練

 「初デートにサイゼリヤはアリかナシか?」という議論がこの日よりしばらく前にツイッターで活発化しており、それを意識した句である。既に時事句は出ているため、あまりその議論を感じさせるような表記にはしなかった。恋愛の神がいる神社の近くにサイゼリヤがあった、というような景だ。こちらは人情他の恋である。

  初デートの人たちでにぎはふサイゼリヤ  練
   湯にしづめる卵           有希

 ここで恋離れ。まだ食べ物が出ていなかったため、飲食店が出たということで付けてもらうことにした。サイゼリヤの料理人がゆで卵を作っている、という景となる(実際は外注かもしれないが)。このように「サイゼリヤ」に「卵」を付けるような縁語的な付け方を「詞付け」と呼ぶ。
 自由律の連が終わり、次から定型に戻り「急」の第四連に突入する。

   湯にしづめる卵           有希
  笠のない石灯籠を叩きける       幸来

 氷、ロックに続き石の座である。この座は「石」という字が付くものから宝石の名前までと、自由度が高い。今回は笠を持たない石灯籠を叩いているという付句だ。卵の割れるイメージや無理やり沈める暴力性と繋がっている。

  笠のない石灯籠を叩きける       幸来
  つひに父には賀状届かず       早那

 新年の季語である。年賀状が一枚も来なかった父が石灯籠を叩いている景で、逆付けの其人の付けだ。そういう性格だから年賀状も届かないのだろう、と思わずつっこんでしまいそうな滑稽味がある。

   つひに父には賀状届かず       早那
  伊勢海老のぢつとしてゐる冷凍庫    栞撫

 新年の二句目。父に年賀状に届くことはなかったが、冷凍庫に伊勢海老があり新年を祝う準備はできている。父も伊勢海老も外界から遮断されている存在であり、どこかさみしげな匂付けである。

  伊勢海老のぢつとしてゐる冷凍庫    栞撫
   両手で持つて飲む白ワイン      穂佳

 転じて、伊勢海老を待って白ワインを飲んでいる楽しげな様子となる。両手で持つ姿はあまり上品であるとは言えないが、宴会の雰囲気には似つかわしい。
 「オン座六句」ではどこかに酒の座も設ける。今回は雑の酒であり、ウィスキーやワイン、あるいは単純に「酒」とだけ書かれたものなどが当てはまる。四句前に「湯」という液体があるが、去嫌は三句であるためセーフである。そしてここからいよいよ花の座となる。

   両手で持つて飲む白ワイン      穂佳
  雨粒にふれてあふげば花のふる     悠斗

 花の座に詠める花を「正花」と言う。「桜花」「梅花」「菊花」などは植物の種類を指すものであり正花にはならない。一方、シンボリックに名づけられた「花氷(夏)」「花灯籠(秋)」「帰り花(冬)」などは他季の正花となる。また、「花言葉」「花鰹」は雑の正花で「花嫁」「花婿」は恋の正花となる。今回は単純に「花」とだけあり、これはそのまま桜のことを指す。室内から室外に転じ、雨が降ってきて見上げれば桜の花びらも降ってきたという景だ。視界が一気にひらける様が心地よく、花の座にふさわしい句であると言える。

  雨粒にふれてあふげば花のふる     悠斗
   枸杞茶を淹れる白き細腕       早那

 さて、ここまで読んできた方のなかにはもう気づいている方もいるかもしれないが、連句はやろうと思えば永遠に続けることができる。矢数俳諧という独吟(一人で連句を巻くこと)で一昼夜詠みその句数を競う形式があり、井原西鶴はこの形式で二万三五〇〇句を詠んだという。「オン座六句」も同様に転じている限りはいつまでも続けられるため、最後にわざと打ち越すことで連句を終了する。この最後の句が挙句である。中途半端な打ち越し方では「終わった」感が出ないため、はっきりと打ち越すことが重要だ。
 執筆者が連句の実習を受けていた際は、先生がこれまでに提出されて採用されなかった句を改変して挙句を付けていた。今回はそのやり方に則り、「両手で持つて飲む白ワイン」に打ち越す句を探した。そこで早那さんが出していた「ラムネしたたる白き細腕」を使うことにした。「ラムネ」は夏であり、春の季語で飲み物が好ましいため「枸杞(くこ)茶」に改変し、それに伴い「したたる」を「淹れる」という表現に変えた。三句で見てみよう。

 両手で持つて飲む白ワイン      穂佳
  雨粒にふれてあふげば花のふる     悠斗
   枸杞茶を淹れる白き細腕       早那

 「白」という色や手であること、液体であることではっきりと打ち越しているのがわかる。この挙句をもって、「水打てや」の巻は終了とした。カフェ「Escape」で過ごした時間はおよそ五時間だった。


 さて、ひとまず「象」の連衆で巻いた連句を参考に、解説文を執筆した。連句はまだまだ奥が深いが、これを読んだ方が少しでも興味を持ち、巻いてみたいと思ったのなら幸いである。
 いつか、あなたと共に巻ける日があらんことを。

参考 『俳句・連句REMIX』(東京四季出版 2016年)

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 ☆式目は→「オン座六句」六箇条(改訂版)をご覧頂きたく候。

プロフィール

 曳尾庵 ハク

Author: 曳尾庵 ハク
             
僭越ながら宗匠役をつとめ申し候。

開版リストは、コチラにて候。

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